マジカジ

マジック:ザ・ギャザリングでカジュアルな楽しい日常を!

マジック関係以外の友人を持つ大切さ

先日、ピアニストの友人と食事をする機会がありました。

彼は大学を首席で卒業し、コンクールや演奏会、レッスンにと海外を飛び回っているタイプで、先日も海外のコンクールで2位を獲得しました。

大抵の人はそういうピアニストの友人がいるという話をすると、『おお、すごい!』という風になるのですが(やっていることは本当にすごい)、でも実際は全然儲からない職業みたいなのです。

自分の努力と世間の評価が収入とまったく見合ってない世界です。

 

先日マジックのプロを目指すぜ!とブログを書いたあと、『でも、実際にプロを目指すって大変よね~』みたいなことを思っていたのですが、ピアノの世界でトップを取ることと比べると、

 

そんな大したことねぇな~

 

と思えるから不思議です。実際はメッチャ大変だとは思いますがw

でも、大会上位に賞金が出るだけもマシやな…みたいな気持ちになれます。

海外の大きなピアノのコンクールは一週間くらいかけて四次選考までして、優勝しても賞金もなく、単独演奏会の権利や他の演奏会に呼ばれる程度らしいので、それ以下の人にはほとんど何もないことを考えると、

 

マジックありがてぇ~

 

という気持ちにもなります。

マジックも最近は企業スポンサーがつくようになってきましたから、そういう意味でもトッププレイヤーは生活しやすくなっているのではないでしょうか。

 

マジックが発売された25年前というと、まだインターネットもなく、『オタク』と呼ばれる人たちは同じ趣味の人と結び付く機会がほとんどなく、一般市民の中にひっそりと潜んで生活していました。

『オタク』という存在も決していい意味で使われておらず、ばれないように一般人として振舞っていました。

今では信じられない話ですが、会社にあるパソコンで顧客リストをプリントアウトしただけで、オタク認定されてしまうというトンデモない世界が普通にありましたw

 

それはそれでオタクにとっては苦難の時代だったわけですが、逆にいうと一般人としての常識や多様性も身につけられたという利点もあったと思います。

今はオタク同士が結びつきやすく、よりコアな欲求を満たしやすくなってよくなった半面、自分本位な視野の狭い世界でお互いが依存しあう逆にトンデモナイ世界になってきたようにも思います。

先日、カードショップがツイッターでお客に対して、『お風呂に入りましょう!』と呼びかける事態が発生してましたが、あれなんかはその典型だといえると思います。

 

自分が煮詰まったり、行き詰ったときに頼れたり、視野を変えて広げてくれるマジック以外の世界で活躍する友人を持つというのは大切なことです。

それはマジックでトップを目指すからということではなく、人として大切なことだと思います。